お侍様 小劇場
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    “まだまだ残暑の中ですが” 〜寵猫抄より


何だか途轍もなくゆっくりな台風が接近中の日本列島だそうで。
週末に上陸かと言われている今日は、
まだ2日も猶予をもつ日付けだったりし。

 「気象情報が早く判るのも考えものだということでしょうかね。」
 「そうさな。」

  前以て色々と準備や用意が出来るのは助かりますが、
  いつまでもいつまでも待ちぼうけで、
  生殺しにされちゃうのもヤなもんですよねぇ。

 「…生殺しって、シチお主。」
 「例えですよ、例え♪」

勘兵衛様、文筆業の割に細かいところにこだわらない方でしたのに。
最近、頓
(とみ)にご指摘が厳しくなってませんか?などと、
しらっと言い返すところは、それこそ以前からの彼らしさ。
剣術の道場でのおとうと弟子だったころからも、
そういえば…あんまり物怖じしないで はきはきした口を利き、
時には勘兵衛の物言いへ、
真っ向からやり込めようとかかったことだって結構あったような。

 “まあ、さすがに大人になったので、
  その辺りは控えるようになったのだろうが。”

それでもそう、島谷せんせえには稀なことながら、
例えば原稿の締め切りが間近だというに、
何の準備もないという のほほんとした体でいたりすると、
結構尻を叩くような物言いもしていた彼だったようなと思い出し。
それを忘れていたほどなのは、

 「…ありゃま。」

小声でそんなお声を上げたそのまま、
リビングの端のほうからそろりと、
抜き足差し足という態度で 元居たところへ戻って来た七郎次だったのへ。
広げていた新聞から視線を上げ、どうかしたかと勘兵衛が視線で問えば。
自分の口許へ“お静かに”という仕草、人差し指を立てて見せ、

 「寝てるんですよ、二人ともvv」

くすすと目許をたわめて苦笑してしまう、現在二児のおっ母様であり。
まあね、昨夜は風の音も物凄かったし、
そのくせ、じんわり蒸し暑かったしで、
あんまりよく眠れなかったのかも知れませんと。
まだ麻のカバーのままなソファーセットへ戻って来、
掃き出し窓からの風の生ぬるさへ、
“これですもの”と言いたげに、きれいな細い眉を寄せた七郎次で。

 「さようか。」

成程なと、
勘兵衛もまた それだけで判ったようであり。
すんなり通った鼻梁の上、
少しずらし気味に掛けていたメガネを、
それがおもちゃのように見えるがっしりした手で直す傍ら、
短い声で返しておいでで。

 「それで随分と静かなのだな。」

以前は昼間もずっと、やんちゃな悪戯交じりの大暴れ、
いろんなところに興味津々と、眸を向け歩み寄り、
手を延べての引っ繰り返したり散らかしたりも多くって。
そうかと思えば、甘い長鳴きをし、
構って構ってと玩具のあるほうへ七郎次の手を引いたり、
小さなお手々を窓ガラスに張りつけて、
お外へ出たいのという“おねだりにゃんだなvv”視線を繰り出したりと。
腕白振りを発揮するのが常のこととしていた、
そりゃあお元気坊やだった久蔵だが。
小さな弟分のクロちゃんが加わってからは、
彼がネムネムとお昼寝する姿や周波に引き込まれるのか、
以前の倍ほどもよく眠るようになっており。

 「まま、猫は寝るのが仕事だというしな。」
 「え? そうでしたっけ?」

それって“赤ちゃんは”じゃありませんでしたか?なんて、
間髪入れずに指摘を飛ばして来た、年若な伴侶殿の闊達さを前に。
精悍な口許への苦笑を浮かべつつ、
ああそういえば…なんて、
もちっと若かりし頃の、
それこそ腕白だった彼をも思い出してた勘兵衛だったりし。
先程、淹れてもらったばかりの煎茶に口をつけつつ、
特に目指す記事というものもないまま、
何事が起きている情勢なものかと、
白と黒の単調な紙面をざっと眺めておれば。
そんな自分へとやわらかな視線を向けていた七郎次が、
あっと何事か思い出したような気配を示してから、

 「そうそう、一昨日になりますが、
  カンナ村のキュウゾウくんが来てくれましてね。」
 「ほほぉ?」

あらためての報告となったのは、
勘兵衛だけで微妙に距離のある知人のところへ出掛けており、
そんなことがあったこと、まだ話していなかったため。
先様で引き留められたものだから、
予定外の一泊をして来たその上、
戻ったのが昨夜の遅く、ほぼ未明に近い頃合いで。
そんなおかげで仔猫さんたちとは、
まだ“ただいま”を言ってもないというすれ違ったまんまになっており。
そんな格好で留守をした間に、
近いが遠いカンナ村から、小さなお客様が来ていたらしく。

 「ほら、今年も七夕に蛍をたくさん、届けてくださったじゃないですか。」

クロちゃんがウチに来たのはその後だったし、
何だかんだで結構ばたばたしていて、
ご挨拶もそこそこって夏だったせいか。
新しいお顔が増えたこと、言わないままでおりましたので、と。

 「こんなに仲よくしてもらっておいて、
  なのにそれって薄情だったですかね?」

小さな久蔵の、猫の言葉を通訳してもらったり、
説得のいることへは、わざわざ運んでいただいて、
小さな坊やへ言葉を尽くしてもらったことだってあったのにと。
やはり眉を下げてしまっている七郎次だったが、

 「…だが、引き会わせたのだろう?」
 「ええ。」

頷いたお顔は、さほど力のないそれでもなく、

 「クロちゃんを見て、びっくりしたようでしたが。」

 『え?え? もしかしてヒョゴ兄っていうお友達なの?』

そういや あの黒猫さんともまだ逢う機会はないままだったから。
黒い毛並みで、あ、でも大人猫だって言ってたし、
じゃあじゃあその知り合いさんの子かと思った…と言い出したのへは、

 「あんまり可愛くって、こちらが吹き出しちゃいましたよvv」

邪気のない、あくまでも真面目なお言いようだっただけに、
こちらも“ごめんねごめんね”と謝りながらだったそうだが。
それでもツボに入って大変でしたと、
今また思い出したのか、かすかに口許をたわめた彼だったものの、

 「それで?」
 「はい? ………あ、えっと。はい、あのですね。」

言葉少なに何を訊いている勘兵衛か。
さほど急くような言いようじゃあなかったものの、
こちらの話を遮るような雰囲気だったので。
それもあっての“あやや…//////”と微妙に鼻白んでしまい、
そのせいで いつもの阿吽の呼吸まで間が空いた七郎次だったけれど。
そこは付き合いも長い二人だし、
普段からも時々会話に上らせていたことだったしで、
ちゃんと覚えておりましたよとの確たる頷きを見せた後、

 「それとなく訊いてみましたが、
  キュウゾウくんが言うには、
  まだまだ赤ちゃんの、普通の仔猫だということでしたよ?」

こちらの人々にはメインクーンの仔猫にしか見えない久蔵坊や。
でもでも、カンナ村の住人の皆様には
自分たちがそう見えているのと同じ、
小さな和子に見えているというからには。
新しく加わった黒猫の仔猫さんももしかして……と、
思わないでもなかった当家の大人二人だったのだけれども。

  話す言葉も何だか覚束ないし、
  何より、久蔵のような、はたまたキュウゾウくんのような、
  人や人に近しい要素を少しでも持つ存在ではないらしく。

 『久蔵はお兄ちゃんで、七郎次はマァマなんだって。
  今は、俺へも“お兄ちゃん”て呼んでるから
  なんか ちょっとややこしいかもvv』

 『なうvv』
 『みゃおうvv』

お膝を突き合わせて座ったまんま、
三人ともいいお顔で、にゃんと声を揃えて鳴いて見せたのへは、
またまた笑いそうになってしまって大変で、と。
三人がどれほど愛らしかったかを、胸元へ白い手のひら伏せ置いて、
満面の笑みで語り始める始末であり。

 「さようであったか。」

ふむと頷き、あらためてこちらを見やると、
口許をほころばせて微笑われた勘兵衛だったので。
残念だったなぁと、こちらを慮ってくださっているのかな?
それとも、

 “勘兵衛様ご自身は、どう思っておいでだったんだろ。”

素性の知れぬ仔猫さん。
七郎次が構いつけるの、見守る側になる対象がもう一人増えたのへ、
少々手持ち無沙汰になられてたとか?

 “……そうまで子供じみてはいらっしゃらないか。”

ここ数日は二人ともが懐いてくれていての、
気がついたら何処にもいないというよな“置いてけぼり”も減ったものの。
そういう独りで取り残されてた頃合いに、
やたらクロちゃんへと構いつける久蔵坊やだったのへ、
親離れかな、だったら少々寂しいなと、
他でもない自分が思ってしまったのと、
この大おとなな勘兵衛とを一緒にしてどうするかと。

 「〜〜〜〜〜。///////」

再び、伏し目がちとなり新聞の紙面へ視線を落とされる御主様へ、
ああ、精悍なお顔も頼もしい腕もカッコいいよなぁなんて、
今更な感慨まで浮かぶほど、惚れ直しておいでな視線を、
向けられていた当のご当主はといえば。


  ………実は実は、随分と深い安堵の吐息を
  ほ〜〜〜っと その胸の内にてついておいでで。


実はそんな胸中だった、
カッコいい(?)勘兵衛様だなんてこと。
まるきり気づかないでいた、
敏腕秘書殿だったようでございます…。





   〜Fine〜  2011.09.01.


  *先日の微妙なお話のアフター篇と言いますか、
   一応、昼間の彼らの間柄は変わらないまんまらしいということで。
   昼寝が多いのは、
   元の姿へ戻る晩が増えた久蔵殿なのかもしれませんが、
   特に騒ぎの前兆があるとか何とか、
   そういうことじゃあないんでしょう、多分。(多分?)
   勘兵衛様はシリーズものをたんと抱えた幻想小説家ですし、
   七郎次さんは、
   黒いG以外には
(笑) すこぶるつきに頼もしい、
   敏腕秘書殿であり、幼子抱えた母でもあり。
(おいおい)
   久蔵ちゃんは、
   よその人にはキャラメル色したメインクーンちゃんで、
   新しい家族のクロちゃんも、以下同文…ということでvv

   そもそも、
   久蔵ちゃんが実は大人の姿になりの、
   しかも“大妖狩り”だったことも、
   結構 置いといてされてたシリーズですし、
   よほどの事態が勃発しない限りは、
   お読みになられる皆様も、そのノリのまんまでいて下されれば幸いですvv


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